謹賀新年

大本山光明寺法主 柴田哲彦

“古都鎌倉の朝ぼらけ、緑に映える天照山”

これは宮林昭彦大僧正御作の「鎌倉光明寺御和讃」冒頭の一節であります。

この御和讃に詠じられる、鎌倉天照山から初日が昇り、平成の御代最後の新春を迎えました。改めて新春を寿ぎ、御祝詞を申し上げます。

今から一三年前、三大本山すなわち、鎌倉光明寺・久留米善導寺・善光寺大本願の布教師会合同で、研修旅行を兼ねた研修会を、本州最西端の山口県青海島西圓寺で開催いたしました。

周知のごとく青海島は鯨の墓や、童謡詩人金子みすず氏の舞台ともなり、世に名を馳せている地でもあります。

かつてその島周辺の人々は、捕鯨を以て日々生活の糧にしていた人達でありました。

江戸時代中葉より捨世派の念仏聖、法岸・法州・法道のいわゆる、大日比三師が住し、その教化により、命を奪われた鯨を悼み、墓を建て、鯨に戒名を授けしめ、位牌・過去帖を設け、塔婆供養を勤めるなど、それが今日まで続いている地でもあります。

『観無量寿経』「第九観」に「仏心とは、大慈悲これなり、無縁の慈をもって、諸もろの衆生を摂したまう」(浄聖典一‐301)との説示を拝することが出来ますが、み仏さまの心は大慈大悲の心であり、身近な有縁者だけでなく、例え無縁の者であろうとも、分け隔てなく、慈しんでお救い下さる心という意であります。

かつて当山書院に、藤吉慈海大僧正揮筆の扁額「同悲同感」が掲げられてありました。これは仏さまのみ心は、衆生の喜びは同じように共に喜び、衆生の悲しみは同じように共に悲しんで下さる心、とお示めし下さった語であります。

凡夫の私たちは、ややもすると他者の喜びはねたみとなり、他者の悲しみは、悲しむどころか、「それ見たことか」という心さえ生じてしまいます。

今年こそ、少しでも仏さまのみ心に近付けるよう、共々お念仏に励みたいと思います。

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